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こんな時だからこそ、発揮される音楽の力 [後編]

こんな時だからこそ、発揮される音楽の力 [後編]

ピアノ講師: 青木 佑磨(あおき ゆうま)

音楽芸術を形成するための「音楽の三要素」というものをご存知でしょうか?ずばり、リズム、ハーモニー、そしてメロディーの3つを指します。音楽に携わる者であれば、必ずどこかのタイミングでこれを教わります。

私は「音楽の三要素」のバランスを常に考え、すべての精度が高ければ高いほど、その音楽がより美しく、豊かになると信じております。今回のコラムでは、これら三要素を解説しながら、その精度を上げるために何が必要か、というお話をして参ります。

●リズム
私がその習得に最も苦労を強いられた要素かもしれません。だからこそリズムの概念について深く研究していたのですが、それを語るのはまた次の機会にいたしましょう。

今回は、私の留学先でのもう1人の恩師、ファルヴァイ・シャーンドル(Falvai Sándor)先生の言葉を紹介します。
「音楽は君と同じ生き物だ。そしてリズムとは生き物の心臓の鼓動に等しい。心臓の鼓動がなくなったら君はどうなる?…リズムがなくなると音楽は死んでしまうのだよ」
つまり、テンポを含めリズムというものは、メトロノーム等の機械や電子音によって提示されるものではなく、既に音楽の中に存在しています。体調がすぐれないときや、身体のどこかを痛めているときにピアノを弾くと、テンポがふらついたり、音価が曖昧になることはありませんか。音楽の崩れは大概リズムの乱れから起こります。私たちは演奏中、リズムを刻むことに対し、多くの集中を伴っている為、それが散漫になるとすぐにリズムは乱れてしまうのです。
私たちの心臓の鼓動は、常に流れゆく時を均等に刻みながら、生きるために血液を送り続けています。より正確なリズムを身につけるために必要なものは、メトロノームではなく”健康な身体”そのものかもしれません。

●ハーモニー
「和声学」と「和声感」という2つがあります。どちらの方が大切ですか?という質問を何度かされたことがあります。その答えは両方であり、音楽家としての私たちには「学問」と「感覚」を頭の中でしっかりと結びつけるための能力が必要なのです。それを身につけるため、また維持するため、私たちは何年もの年月をかけて努力し続けなければなりません。
一般的にピアニストは「指」のために練習しているように思われがちですが、実は優秀な演奏家ほど「耳」のために練習しています。和声感を育むため、練習する際に必要なことは、指先と耳への集中力なのです。こうして”培われた技量”こそが、演奏の芸術性を高めるための見えない力だといえるでしょう。

●メロディー
いかなるジャンルの音楽においても、多くの人々から愛されるのは美しいメロディーです。旋律の美しさは聴き手に対し、時として言葉以上の何かを伝えることが出来ます。
作曲家たちは至高の音列をいくつも生み出し、優美な旋律を数多くのこしてくれました。しかし、これらをより美しく歌い切るためには、一音ずつ機械的に再現する作業ではなく、演奏家の”強い心”が必要不可欠です。心が強くあればあるほど、旋律をより豊かにし、様々な表情を見せることが出来ます。
したがって、メロディーをより美しく歌えるよう努めることこそが、強く大らかな心を育むことにつながります。私たちの感情のレパートリーは、既存言語よりもはるかに多いはずです。

●音楽を学ぶ理由
以上述べてきた「リズム」「ハーモニー」そして「メロディー」を育むために必要なものをまとめてみましょう。
「健康な身体」
「培われた技量」
「強い心」
これらは、前回投稿(本コラム前編)の最後に、今を生きるために必要なこととして述べた3つと見事に合致しているのです。

次にそれぞれを、漢字1文字で表しましょう。
「体」「技」「心」…
おや、並べ替えると「心技体」となりました。心技体とは元来武術やスポーツの指導に用いられていた用語ですが、これこそが豊かな人間性を形成するために必要な3つではないかと(音楽家ながら野球部出身の)私は思います。まだ喋ることさえままならない幼児が音楽を学ぶ理由も、ここにあるのでしょう。
つまり私たちは、音楽というひとつのサブジェクトを通じて、間違いなく人間そのものの研鑽を積んでいることに他ならないのです。

しかし、人々に多くの感動を与えられるような、最高のメロディーを奏でているあなたが、現在精神的にも衰弱されているであろう感染者の方、及びその周囲の方、或いは疲れを隠しながら収束への道を切り開こうと必死に努力されている方々に対し、その心をひどく傷つけるような発言をどうして出来るでしょうか。音楽で培った「強い心」を持つあなたなら、根拠のない噂や、批判ばかりが目立つ多数派の意見に惑わされず、誰よりも人を思いやることが出来るはずです。

最高の音楽を届けようとする私たちは、何も考えずに心ない言葉や不必要な情報ばかりを広めては決してなりません。広めるべきは最高の演奏です。

私は1日も早く、素敵なコンサートホールで、皆様と音楽の素晴らしさを共有出来るよう願いながら、引き続きコラムを書き続けて参ります。今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

青木 佑磨

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